ウッシュボーン・アッシュは僕の断然ごひいきのブリティッシュ・ハード・ロック・バンドである。初期作品ばかりが記憶されているバンドだが、解散したわけではないのだし、70年代後半以降のアルバムにも傑作は多く、もっと評価されてもいいバンドである。
このバンドの何がすごいのかというと、1にも2にも演奏である。マーティン・ターナーのどこか孤独感のある歌声も当然良いのだが、やはり注目が集まるのは演奏である。「ロックは演奏で決まる」ということを僕に何よりも示してくれたのはウィッシュボーン・アッシュに他ならない。4人ともこれ以上のものはないただただ美しいロック・サウンドを奏でていた。「美しい」と書くと、すごく陳腐な表現になってしまうが、彼らには本当にそれが許されるのだから正真正銘スゴイのである。70年代のロック・シーンでは最も英国様式的なドラマティックなロック・サウンドを打ち出したバンドであったことは間違いなく、とりわけテッド・ターナー、アンディ・パウエルという2人のギタリストによるツイン・リード・ギター奏法が高く評価されている。2人がそれぞれリードをとるという奏法を初めて成功させたのは紛れもなくウィッシュボーン・アッシュであり、そこが認められてデビュー当時はメロディ・メーカー誌の「ブライテスト・ホープ」の第1位に選出されたくらいである。後のアイアン・メイデンやジューダス・プリーストの先駆者と考えても、ウッシュボーン・アッシュは決して無視することができないバンドのはずだが、どうして彼らが今となっては無名なのかが僕には理解できない。ギターだけでなく、ベースとドラムにも感嘆させられるし、僕にとってはレッド・ツェッペリンやディープ・パープルと同等の賛辞を禁じ得ないバンドなのだが。
彼ら自身は、ジェネシスなどのプログレッシブ・ロック・バンドをライバル視していたようだが、僕はむしろフリーと並び、フォルム主義のハード・ロック・バンドとして捉えるべきだと思う。ファーストアルバム「光なき世界」は完璧といえるバンド・サウンドのフォルムを誇っていたし、それを遙かに凌駕してしまった奇跡的名盤「百眼の巨人アーガス」では究極ともいえるハード・ロック様式を打ち立てている。彼らが他と違うのは、ギター特有の大仰なエフェクトを使わなかったことにある。彼らの楽曲は、リズムが良くてノリノリという感じの曲ではなく、純粋にその演奏の様式美に酔わせる。ライブ・アルバム「ライブ・デイト」ではキーボードを使わず、セッションもコーラス隊も加えず、4人の指先のテクニックだけで実にドラマティックな演奏を聴かせており、目をつむってこれをまじまじと聴いていると、ロックの本質とは何かを改めて思い知らされるだろう。
彼らの人気が落ちてきたのはテッド・ターナーが脱退してからである。後任のローリー・ワイズフィールドもかなりの名手であったが、アメリカ寄りのギタリストであったため、バンドの音質がややアメリカナイズされたものとなった。それまでは生粋のイギリス気質のバンドで、アメリカっぽさを微塵も感じさせないところが人気の秘訣だっただけに、このメンバーチェンジはファンを困惑させた。実際サウンド的には方向性は変わったものの、新生ウィッシュボーン・アッシュも結構カッコイイ名盤を作っていたのだが、そっぽを向かれてしまったのは納得できない。
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