モータウンの音楽はクラシック・モータウンとコンテンポラリー・モータウンに二分され、それぞれ内容は大きく異なるが、本作はその両者のエッセンスが含まれる。その意味でもこのアルバムは重要で、スティーヴィー・ワンダーのエポックメーキングな「トーキング・ブック」にも影響を与えていると推測される。
マーヴィン・ゲイはR&Bのミュージシャンでは一番好きだ。このアルバムはR&Bのベストワンであるのは間違いないが、R&Bという枠にはめてしまうのはもったいないくらい普遍的な輝きを持つ。20世紀音楽史においてはストラヴィンスキーの「春の祭典」やジョン・コルトレーンの「至上の愛」に匹敵する傑作である。
驚くのはアルバム全体の流れの美しさだ。シングルヒットしたタイトル曲を序曲として、2曲目から最後まではまるで交響詩のようにスムーズに曲調が変化し、それと共にマーヴィン・ゲイの心境が変わってくる様が伝わってくる。これが永遠に不動の人気を誇るのは、この美しさにして、社会問題を鋭くえぐった内容だからだ。
アコースティック・テイストの楽器も素晴らしい。とくにベースとパーカッションがみずみずしいサウンドで、とにかくこのアルバムの何もかもが奇跡的なアンサンブルを奏でている。そして何よりも素晴らしいのはマーヴィン・ゲイの繊細かつナイーブな歌声である。そこには色気すら感じさせる。
思えば、僕はこれと同じようなアルバムに出会ったことがない。広いロック・シーンを見てもだ。アレサ・フランクリンやサム・クックを真似する人は数多いが、マーヴィン・ゲイを真似しようとする人はいなかった。このグルーヴは唯一無二で、決して誰にも真似できなかったからだ。まったく彼の音楽センスには感服するしかない。 |