Produced by Trevor Horn

 最近は日本でも「音楽プロデューサー」という職業も認知度が高まってきているが、海外では古くからプロデューサーは絶対的な存在であった。例えばグラミー賞のレコード・オブ・ザ・イヤーなどは、アーチストとプロデューサーの2者が代表して受け取ることになっている。そのため、海外ではプロデューサー云々で音楽を語ることも日常茶飯事なのだ。このページで紹介するのはトレヴァー・ホーン。世の中にはごまんとプロデューサーがいるが、80年代の音楽シーンはこの人を抜きには語れない。

 トレヴァーは79年にバグルスとしてジェフ・ダウンズとコンビでデビュー。バグルスは「元祖シンセポップ」といわれ、80年代の音楽の方向を決めた旗手であった。やがてトレヴァーとジェフは人気バンド、イエスに加入し「ドラマ」を発表。クビになった前任ヴォーカリストの穴をトレヴァーが埋めることになったが、アルバムは失敗に終わってしまう。この直後にイエスは解散してしまうが、1年後に復活。このとき、トレヴァーはパフォーマーではなく、すでにプロデューサーに転向していた。イエス最大のヒット曲「ロンリー・ハート」はトレヴァーがプロデュースしたものである。プロデューサーこそ天職と考えたトレヴァーは実力をめきめきと上げ、次々と新種のグループを発掘してはヒットさせた。彼の勢いはとどまることなく、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、ABC、グレイス・ジョーンズ、シンプル・マインズなど伝説的なアーチストを輩出。80年代のシンセポップ、ディスコサウンドなどは彼によって築かれたといっても過言ではない。新人だけでなく、人気アーチストたちも彼の実力を認め、ペット・ショップ・ボーイズ、トム・ジョーンズなどが、こぞって彼に仕事を任せた。トレヴァーは現在もまだまだ現役で、近年はt.A.T.u.、ベル&セバスチャンを送り出したほどの大ベテランである。

 2004年11月、プリンス・トラストの一環として、トレヴァーのキャリア25年を記念して、彼の仕事を讃えるトリビュートコンサートが開催された。もともとはバグルス再結成コンサートと題したクラブハウスでのライブの予定であったが、話が進むうちに企画がふくらんでいき、本決定したときには彼に関わった80年代〜21世紀のアーチストが参加する大規模な複合コンサートとなっていた。コンサートにはチャールズ皇太子も出席(そりゃそうだろう。ロックはイギリスが世界に誇れる伝統文化ですから)。それにしても観客の多いこと。ウェンブリー・アリーナは満席状態。トレヴァーがイギリスではいかに親しまれているプロデューサーであるかがわかる。

 今回のコンサートはたしかにトリビュートであることは違いないが、厳密にいえばそうじゃない。司会進行は主役であるトレヴァー・ホーンその人であるし、彼自身も一アーチストとして参加しているからだ。自分で自分を讃えているわけだから世話がない。それはそうと、彼がプロデュースした逸材たちがこうして一堂に会するのは確かに壮観である。25年前のレコーディングでコーラスをやっていた女性シンガーまで来てくれているのだから泣けてくる(出演者の多くはステージ初共演)。グラミー賞の常連であるシールも出演しており、普段プロデューサーという存在を意識しない人にとっては、この豪華ラインナップのゲストたちがクリンクリンの眼鏡をかけた同一人物によって手がけられたアーチストだったという事実に感嘆するしかあるまい。

 このライブ、たった一夜だけだったが、見事としかいえない。トレヴァー・ホーンを知らない人にとっても、このライブは見応えのあるものとなっただろう。なにしろどの曲も一度はどこかで聴いたことがある懐かしい曲ばかり。さすが80年代最高のヒットメーカーである。この一夜のライブは、80年代の音楽性のあり方がどいうものだったのかを教えてくれる。その曲調の景気良さにただただ圧倒される。ニューロマンティック・グループとして人気があったABC(正規メンバーは2人しか参加していないが)など、今でも80年代バリに景気よく歌ってくれる。

 イエスも80年代は「ロンリー・ハート」を発表。すごく景気よくやっていたものだった。この日のライブではイエスは第一部のトリをつとめるが、残念ながら肝心かなめのヴォーカリスト、ジョン・アンダーソンが出席していない。ここでは「ドラマ」期のイエスが再集結する形になり、そこにトレヴァー・ラビンをリードヴォーカルに加えた異色のラインナップとなった。「ロンリー・ハート」はさすがの貫禄ぶりで、フロントマン不在なのに異常なほどの盛り上がりを見せる(ギターソロはスティーヴ・ハウとトレヴァー・ラビンで分け合う)。イエスという<バンドブランド>がイギリスでどれだけ別格視されているかを再確認できる瞬間である。イエスはこういう複合ライブには普通は出ないので、これはかなり貴重な映像である。

 この日一番の目玉はフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの再結成劇である。彼らはトレヴァーのために実に17年ぶりにステージに立つことになった。ところがここにもフロントマンがいない。そこでトレヴァーたちは開催日のなんと10日前にオーディションを行い、ライアン・モロイという若手の無名シンガーを急きょメンバーに加えた。ライアンにとってはこの日がデビューアクトとなるわけだが、まるで昔からバンドのメンバーだったかのようなハマリっぷりである。とくに「リラックス」(これぞ80年代そのもの!)が絶品。トリにふさわしく、オリジナルのフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドを凌ぐエネルギッシュなパフォーマンスだった。たった10日でこんなにすごいバンドにしてしまったのだからトレヴァー・ホーンはやることが大胆である。会場のみんながしびれた。それまで彼の音楽の多くは、このように思い切り任せに乗り切ってきたように思える。この日のライブは、彼のその大胆さが十二分に伝わってくる素晴らしいライブであった。
(2007/2/11・ヒデマン)

バグルス
バグルス

ABC
ABC

アート・オブ・ノイズ
アート・オブ・ノイズ

プロパガンダ
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イエス
イエス

ペット・ショップ・ボーイズ
ペット・ショップ・ボーイズ

リサ・スタンスフィールド
リサ・スタンスフィールド

t.A.T.u.
t.A.T.u.

シール
シール

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド


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