ニューポート・フォーク・フェスティバル

 野外フェスティバルは、67年〜70年がピークだったが、もちろん、それ以前からあった。その大部分は、アメリカ、ロードアイランド州ニューポートだけで開拓されていったといっても過言ではない。

 1954年7月にニューポートで、世界初となる野外フェスティバル<ニューポート・ジャズ・フェスティバル>が開催され、話題になった。まだまだ規模は小さかったが、それは野外で演奏することの意義を教えてくれたライブであった。以後、ニューポート・ジャズ・フェスティバルは毎年開催されたが、とりわけ1958年の第5回大会が有名で、「真夏の夜のジャズ」という映画にもなった。第5回大会にはチャック・ベリーが出演し、野外フェスティバルで初めてロックン・ロールが演奏された。そしてこの成功を受けて、1959年7月、第1回ニューポート・フォーク・フェスティバルが開催される。

 フォークこそ、最も野外に適した音楽ではないだろうか。フォークの良いところは、誰にでも歌う権利があるということ。ギターがなくても、そこら辺にあるバケツを楽器に見立てて演奏すればいい。フォークでは、そこら辺の路上もステージに変わる。誰にでも歌手になる資格があるのだ。その精神は大会でも変わらない。そのため、大会には、地方のパブで演奏しているような無名のフォーク歌手も数多く出演した。さながらパーティのような盛り上がりであった。

 ニューポート・フォーク・フェスティバルは、1967年にドキュメンタリー映画になっている。タイトルは「Festival」だった。1963年から1966年までのニューポート・フォーク・フェスティバルを97分にまとめた映画である。映像はすべてモノクロだが、カメラワークが素晴らしい。カメラはほとんど動かず、じっくりとミュージシャンの姿を捉えている。おそらく音楽映画の中でも、これほどアーティスティックな映像が見られる作品はなかなかあるまい。これに匹敵する映像といえば、バンドの「ラスト・ワルツ」、U2の「魂の叫び」くらいしか思いつかない。純粋に音楽を楽しむことを目的に作られている点でも共感できるだろう。アコースティック・ギター、フィドル、バンジョーなどの楽器の音色と、ささやくような歌声には癒されるばかりである。

 映画では、ジョーン・バエズやドノヴァンなどの演奏を見ることができる。伝説的なフォーク・シンガー、ピート・シーガーの演奏もたっぷり収録してある。世界一有名なフォーク・トリオ、ピーター・ポール&マリーの力強いパフォーマンスも見応え十分である。この他、当時のゴスペル聖歌隊や、カントリー歌手のジョニー・キャッシュ、ブルース・マンのフレッド・マクダウェル、ハウリン・ウルフの動く映像が拝める点でも貴重だろう。僕としては、我がご贔屓サン・ハウスの演奏が見られたのが嬉しかった。老いてもなお威厳を感じさせる。「うん」と唸りながらのスティールギターの演奏は絶品。はっきりいってこの映画のハイライトはサン・ハウスといっても良い。

 ニューポート・フォーク・フェスティバルで、最もよく知られているのは、第5回大会である。当時、フォーク界ではナンバー1スターだったボブ・ディランが、エレキ・ギターを携えて登場したのだ。大会ではお決まりのようにトリを務めるディランの演奏を、観客は何よりも楽しみにしていたのだが、ディランはその期待を裏切るように、「ライク・ア・ローリング・ストーン」、「マギーズ・ファーム」など3曲を演奏した。横で演奏していたマイク・ブルームフィールドのブルース・ギターなど、まさしくそのスタイルはロックそのものだった。よくやったものである。アメリカでは一般的に、1965年7月25日のこの瞬間に「ロック」が誕生したと言われている。これ以後、フォークのロック化がブームとなり、よりロック色の強いバンド体型のバーズやラヴィン・スプーンフルなどのグループがチャートを賑わすことになる。

 実際のところ、エレキ化は別段珍しいものではなかった。フォーク以前にも、カントリー、ブルースはすでにエレキ化していたのだ。しかし、カントリーもブルースも、エレキ化したところでカントリー、ブルースというジャンルに違いはなかった。ところが、これがフォークになると話は違ってくる。フォークはアコースティックであることが大前提であったため、エレキ化してしまうとその時点でフォークではなくなってしまうからだ。だからこそディランのこの行動は革命的であって、ロックのスピリットそのものであった。

 たしかに、これ以前にもロックは存在していた。エルヴィス・プレスリーもいたし、イギリスにはビートルズもいた。しかしそれはまだ「ロックン・ロール」の段階であり、プレスリーは真の意味ではまだ「ロック」ではなかった。この時点ではビートルズもまだロックには進化していなかった。そこをあえて1965年7月25日をロックの誕生日としたワケは、アメリカのロック・ジャーナリストにとって、真の意味で言う「ロック」の生まれた瞬間を示す明確な答えが欲しかったからではないかと思う。それも胸のすく説明が欲しかったのだろう。そこで、ディランをロックの祖とすることで、みんなを納得させることにしたのではないか。ディランならばアメリカ人だし、国内で最も人気のあるミュージシャンであることは明かであったため、この説明ならば格好が付き、なによりアメリカ人にとって気持ちが良い。その意味でも、第5回ニューポート・フォーク・フェスティバルは、アメリカのロック史的にみてかなり重要なイベントだったといえる。(2006/6/3・ヒデマン)

ピーター・ポール&マリー
ピーター・ポール&マリー

ジョーン・バエズ
ジョーン・バエズ

ピート・シーガー
ピート・シーガー

ドノヴァン
ドノヴァン

ジュディ・コリンズ
ジュディ・コリンズ

ジョニー・キャッシュ
ジョニー・キャッシュ

サン・ハウス
サン・ハウス

ハウリン・ウルフ
ハウリン・ウルフ

フレッド・マクダウェル
フレッド・マクダウェル

ポール・バターフィールド
ポール・バターフィールド