<史上最強のライブバンド>、この言葉にふさわしいバンドはピンク・フロイドに違いあるまい。ライブの規模の大きさでは彼らを上回るバンドはいない。ピンク・フロイドのギネス記録はなにも「狂気」のチャートイン期間だけではない。「ザ・ウォール」ツアーの費用だって、ロック・バンド史上最高額としてギネスに記録されているのだから。残念ながら「ザ・ウォール」の後、リーダーのロジャー・ウォーターズは脱退してしまったが、残された3人は活動を続け、1994年、ロジャーがいないことをまったく問題としない神懸かり的なワールド・ツアーを実現させた。「ザ・ウォール」を上回るそのツアーの魅力をあますところなく伝えるDVDが2006年9月に発売された「驚異」である。ライブ8での再結成、デヴィッド・ギルモアとロジャー・ウォーターズのソロ活動、シド・バレットの死など、なにかとピンク・フロイドの話題が尽きないこの時期に発売。このDVDのためにジャケットも撮り下ろされたようだ。

実は海外ではもっと早くにDVDは発売されていて、リージョンフリーだったこともあり、レコード屋でも手軽に手に入ったものだった。そして、やっと日本国内での発売となったわけだが、「驚異」とはまた素晴らしいタイトルをつけたものだ。ピンク・フロイドの音楽の日本語タイトルは、昔から漢字2文字程度におさめるのが伝統だっただけに、このタイトルは嬉しい(DVDを見れば、これがぴったりのタイトルだとわかるだろう)。日本版DVDの特典の目玉は豪華ブックレット。何がすごいのかというと、それまでのピンク・フロイドのアルバムの日本版リリースに関わったプロデューサーのほぼ全員にインタビューしていることである。「原始心母」「狂気」「炎」といった日本語タイトルがいかにしてつけられたか、その苦労話を読むことができる。日本版の方が値段は高めだが、このブックレットだけでも日本版を選ぶ価値はあると断言できよう。

さて内容だが、ビデオカメラベースの映像としては、驚くほどクリアである。映像を加工するのに相当時間をかけたのであろう。しかも5.1chサラウンドで音はCDクオリティを上回るハイレベル! 僕自身、CDで「pulse」は聴きつぶしていたつもりだったが、映像をまともに全部見たのは今回が初めてだった。とにかくステージを埋め尽くすレーザー光線の本数、発色の色数、光線の軌道ラインに驚いた。「あなたがここにいてほしい」を演奏しているときの静止したレーザー光線がまたなんと幻想的であったか。スタジアム級の会場なので、会場の一番後ろの人はピンク・フロイドのメンバーがまったく見えなかっただろうが、このライブではメンバーうんぬんよりもステージの巨大仕掛けがキーになっているゆえに、後ろの席も前列同様にステージの熱気を共有できたであろう。

「コンフォタブリー・ナム」で固定されていると思っていた円形スクリーンが突如動き出すだけでも驚くのに、それにくわえてこれまた直系10メートルはあるかと思えるミラーボールが回転を始め、さらにこれが花びらのように開いていく。段階をわけて次から次へと演出がエスカレートしていくわけである。こんな大がかりのステージをほとんど毎日のように110公演もやって、毎回満席だったんだろうから驚異としか言いようがない。やっぱりピンク・フロイドには適わない。「ラン・ライク・ヘル」で派手にスポットライトをあびるデヴィッド・ギルモアを見ていると、こんな地味な人でも、まるで彼が世界一のロック・スターであるかのように見えてくる。この瞬間、ポール・マッカートニーもミック・ジャガーもちっぽけに思えてきたくらいだ。(2006/10/8)


「 驚異」

▲前半の「対」の曲も申し分ないが、なんといっても目玉は後半の「狂気」全曲演奏である。「タイム」の出だしのパーカッションなど、これからもっとすごいことが起きそうな気がして、かなりワクワクさせられる。「アス・アンド・ゼム」の演奏などはスタジオ版よりも出来が良い。本当に涙が出てくるほど感動的なショウである。




円形スクリーンで上映された映画
クリスタル・ボイジャー