たまにライブビデオを見ていて、惜しいなあと思うことがある。それはカメラの撮り方。中には本当にがっかりさせられるものもある。最近がっかりしたライブビデオは以前当サイトでも紹介した「ライブ8」のDVDだ。せっかく音楽は素晴らしいのに、映像がダメだ。我が敬愛するデヴィッド・ギルモアが「コムフォタブリー・ナム」を演奏中、長いギター・ソロを披露しているとき、ところどころでしょうもない観客の映像がインサートされて、そのたびにムードがぶちこわされてしまう。初めてDVDを見た時はこれもさほど気にならなかったのだが、何度も何度も見直していると、このしょうもない観客の映像が邪魔くさくてならなくなる。

 僕はライブビデオで一番大切なことは、「その時その場所で誰かがライブをやったという出来事」を映像に記録することではないと思う。僕はライブビデオとは「このバンドがこの時演奏している」というありのままの姿なのだと思う。ウッドストックのDVDもライブ8のDVDも、ヒストリーとしての出来事はきちんと記録しているけれども、バンドの本当の姿を描き出すことには失敗していると思う。バンドの本当の姿を描くなら、バンドが演奏している姿をただひたすら映し出すだけでも十分じゃないか。あとは映像の中のバンドの表情がすべてを語ってくれる。DVDを買った人の気持ちとしても、やっぱりその一番の目的はバンドの演奏している姿を見ることに尽きるんじゃないだろうか。

 僕なりに考えた良いライブビデオを作るための5原則は次の通りだ。比較的ライブ映像を沢山発表しているライブ・バンドの雄、イエスのDVDを参考に解説しよう。



ライブビデオの観賞者が見たいのは一にも二にもミュージシャンのパフォーマンスだ。だからところどころで観客一人一人の顔をアップで見せられたりすると観賞者は白けてしまう。観客を写さないことは、良いライブビデオを作るための絶対条件だ。
ただし、客席を撮った映像で、唯一つ問題にならない構図がある。それは、ミュージシャンの視点から見下ろした客席全体の映像だ。



めまぐるしくパンしたり位置を変えるカメラはうるさくてダメだ。カメラは、じっとその場に構え、絶妙のアングルで、バンドの姿を見詰めるように撮るべきである。手ブレなどは御法度だ。カット数も最小限に抑えるべきだ。



遠くから撮った映像には迫力がない。遠くからでも望遠レンズを使えば少しはましになるが、映像に奥行き感がなくなってしまう。臨場感を出したかったら、バンドのすぐ目の前で撮影するのがベストだ。顔の表情と指の動きの両方がくっきりと見えるように撮影できれば最高だ。演奏者をクロースアップするならば、顔の表情よりも指の動きに注目した方が良い。


悪い例「イエスライブ・イン・フィラデルフィア1979」より
ギター・ソロの映像の悪い例。遠くから望遠レンズで撮影すると、このように奥行き感のない映像になってしまう。顔の表情もわからないし、指の動きもよく見えない。


良い例「イエス/35周年記念コンサート」より
ギター・ソロの映像の良い例。先程の写真と同じような構図であるが、ただカメラマンが被写体に近づいただけでこんなにも躍動感のある映像に改善できるのだ。


悪い例「イエスライブ・イン・フィラデルフィア1979」より
ボーカリストのクロースアップの悪い例。これは遠くから望遠レンズで撮影しているため、平べったい映像になってしまっている。映像も暗く、横顔なので表情がわからない。


良い例「イエス/35周年記念コンサート」より
ボーカリストのクロースアップの良い例。カメラマンが正面のすぐ近くから撮影するだけで、映像が立体的になり、こんなにも生き生きとした表情を捉えることができる。


悪い例「イエスライブ・イン・フィラデルフィア1979」より
ステージの全体像の悪い例。映像が暗くて誰がどこで何をしているのかよくわからないし、映像に立体感がなく、ミュージシャンとの間に距離を感じてしまう。物足りないライブ映像の典型例。


良い例「イエス/35周年記念コンサート」より
ステージの全体像の良い例。ステージのすぐ近くから撮影しているので映像に奥行き感があり、ステージの雰囲気が伝わってくる。まるですぐそばで見ているような気にさせてくれる。



バンドの生の姿を写すことが目的なのに、動きをスローモーションにしたり、画面を四分割したり、下手なアニメーションCGをインサートしてかっこつける必要は何もないはずだ。


悪い例「イエス/シンフォニック・ライヴ」より
分割画面で4人全員の表情を捉えている映像。しかし映像が複雑になりすぎて、どこを見ればいいのか戸惑う。本来ならば、映像はシンプルに整理すべきである。



ただバンドのフロントマンばかりを写していてはダメ。ベーシストもドラマーもちゃんと頑張っている。バンド全員の雄姿をカメラに収めることが大切だ。そのためには、バンド各自のここぞという見せ場は絶対に逃してはならない。どんな曲でも、それぞれの楽器に見せ場といえるパートは少なからずあるものだ。せっかくギタリストがギター・ソロを演奏しているところでボーカリストの顔を写していたのでは意味がない。


良い例「イエス/35周年記念コンサート」より
ベーシストの顔の表情がはっきり確認できて、演奏している指の動きもよく見えるショット。誰が曲のどのパートを弾いているのかが観賞者にもよくわかる映像になっている。


以上。うまく撮れといっても、生なんだからそう思い通りにいかないこともあるだろう。しかし、リハーサルをしっかりすれば演奏の見せ場くらいはつかめるはず。ぜひ良質のライブビデオを作って欲しいものだ。



イエスのライブビデオ
主な代表作品紹介

 


「イエスソングス」
★★★

 クリス、ジョン、スティーヴ、アラン、リックという究極のラインナップで収録した最初のライブフィルム。同名のレコードは名盤だが、この映像作品は画質が粗く、暗い。映像の加工も余計。アラン・ホワイトがほとんど映らないなど、不満の多い作品だが、若い頃のイエスを知る上ではマストな1本。ライヴの雰囲気が伝わってくる。

 


ライブ・イン・
フィラデルフィア1979

 まったくこれがどうして商品化されたのか理解に苦しむ。遠くから撮影したお粗末な映像は、手ぶれもひどく、誰がどこで何をやっているのかよくわからないほど雑。音も観客の歓声が邪魔してよく聞こえない。海賊版以下のレベルだ。

 


9012ライヴ
★★★

 トレヴァー・ラビン在籍のアイドル時代のミュージック・フィルム。「オーシャンズ11」のスティーヴン・ソダーバーグの最初の長編作品。可もなく不可もない作品だが、ところどころで挿入されるイメージ映像が音楽とは無関係でうざったい。

 


キーズ・トゥ・アセンション
★★

 久しぶりに究極のラインナップが集結してのライブだが、映像はかなりお粗末。カメラの台数も少なめで、映像に躍動感がなく物足りない。映像を極度に加工してごまかそうとしているのがかえってうるさい。しかし演奏している曲目は一聴の価値あり。

 


ハウス・オブ・イエス
★★★★

 ラスベガスのハウス・オブ・ブルースで収録したライブ映像。メンバー全員衣装がダサイけど、若手のイゴール・コロシェフとビリー・シャーウッドのパフォーマンスが見られるところが貴重。目玉は「同志」と「悟りの境地」。画質は綺麗だが、キーボードソロのところでボーカルを映すなど、メンバーを映すタイミングが合ってないのが残念。

 


シンフォニック・ライヴ
★★★★★

 2001年バックにオーケストラを従えてのライヴ。リックを欠きながらも、DVDの完成度が高く、まるでその場にいるかのような臨場感が味わえる。選曲も良く、メンバーのパフォーマンスそのものの質からして高いが、カメラワークも絶妙で、5.1chDTSサウンドも最高品質だ。オーケストラをバックに展開する「錯乱の扉」「儀式」はゴージャスのひと言。映像のアニメーション効果は消すことも可。客の反応が上品なので拍手喝采のときは妙に嬉しくなる。

 


Yes Acoustic
★★★

 イエスの曲がアンプラグド・バージョンで聴ける。DVD向けのスタジオ・ライブのため客はいない。肩の力を抜いたとても幸せに満ちたひととき。リックのピアノがオリジナルの曲調と全然違っていて興味深い。企画自体は良いのだが、曲数が少ないのが残念。日本語字幕はなし。

 


35周年記念コンサート
★★★★★

 35周年ということで、メンバーもよぼよぼなんじゃないかと心配していたが、開けてみると、むしろその若さに驚く。究極のラインナップと、ロジャー・ディーンによる舞台装置。イエスらしさが満載。映像も綺麗。この年齢にして最高傑作といえるライブDVDを作ったところは尊敬に値する。イエスは年を取るごとに良くなっていくのだ。「スターシップ・トゥルーパー」は涙なしには見られない!