1985年のライブ・エイドは、歴史上、最大規模のロック・コンサートといえるものだった。その音楽の感動を再び、ということで、ボブ・ゲルドフとボノの呼びかけで、20年ぶりにライブ・エイドが復活した。2005年7月2日ライブ8の開催だ。目的は音楽じゃない。目的は前回と同じくアフリカ救済だ。しかし、各個人のミュージシャンたちは、演奏中はアフリカのことよりも、音楽のことで頭がいっぱいだったのは間違いない。だからこそ、見応えのあるショーとなった。
今回の趣旨は寄付金を集めることではない。署名を集めることが目的だ。このライブは世界を変えることができる8カ国(イギリス、アメリカ、カナダ、ドイツ、イタリア、フランス、ロシア、日本)を代表する8人の首脳陣に訴えるために行われた、いわば政治的なライブだ。イベントのネーミングはライブ・エイドにひっかけてライブ8(ライブ・エイト)とした。同時開催国は問題の8カ国に南アフリカを加えた9カ国。参加ミュージシャンは50を軽く超え、ネルソン・マンデラ本人も出演した(ただし今回は政治的なライブのため英国皇太子は出席していない)。
前回のライブ・エイドで集まった寄付金は一時的なものでしかなかったが、今回は世界の8人のリーダーに訴えれば、貧困を過去のものにすることができるとボブ・ゲルドフは考えていた。目の付け所はさすがゲルドフだが、考えるだけでなくちゃんと行動に出て、これだけのラインナップを集め、世界規模で形にしたボブ・ゲルドフは尊敬に値する。結果を言うと、前回のライブ・エイドが寄付金1億5千万ドルだったのに対し、今回のライブ8ではアフリカの1年当たりの援助額を250億ドル増額することに成功したというのだ。つまり、ライブ8はライブ・エイドの何百倍もの成果があったわけだ。こうして21世紀最初の巨大なロック・コンサートは、華々しく、歴史の1ページにその名を刻むことになった。
さて、ライブ8の僕なりの感想だが、僕は1985年のライブ・エイドは2004年にDVDが出ることになって初めて知ったくらいなので、恥ずかしながらまったくといって知識がなく、DVDを見て「ふーん、こんなすごいライブを20年前にやってたんだなぁ」と思ったくらいでしかなかった。しかし、今回のライブ8はリアルタイムで体験できたので、それなりにライブ・エイド以上に思い出深い。ワクワクの度合いが桁違いだった。なんといってもピンク・フロイドが復活するのが嬉しかったし、開催日が楽しみで楽しみでならなかった。
9カ国各国に有名ミュージシャンを割り振っているところからもゲルドフの苦心ぶりがうかがえるが、日本はかなりしょぼかった。他の会場は全部野外なのに、日本だけは幕張メッセの小さな屋内ステージ。出演者もいまいちピンと来なかった。7月6日のエジンバラ含む会場10カ所の中でも日本は最低だっただろう。まだヨハネスブルグやローマの方が数倍活気があったと思う。また、今回の目的が「署名を集めること」ということを知っている日本人はどのくらいいただろうか。僕自身、リアルタイムで体験していたのに、今回も目的は「寄付」だと勘違いしていたくらいだ。そのくらいマスコミで取り上げられることがなかったライブということになる。放送もケーブル・テレビのみ。残念ながら僕はケーブル・テレビに入ってないので、テレビのダイジェストしか見られなかったけれど、放送直後はAOLでほとんどの映像を見ることができたので、だいたい雰囲気はわかったつもりだ。
僕が納得できなかったのは、日本の報道の仕方だ。これだけのビッグ・イベントを日本は軽く扱いすぎている。朝のワイドショーでも映像が流れたのはわずか5分程度。そのせいで、ほとんどの日本人はライブ8が開催されたことすら知らないままだ。どうせ日本では署名の数は少なかっただろうなあ。マスコミの連中はライブ8の報道でU2とポール・マッカートニーとブラッド・ピットとマドンナくらいの映像しか流さなかった。ブラッド・ピットがそんなに偉いか? 今回のライブは音楽の祭典だ。音楽の祭典を報道するのに、どうして音楽とは関係のないブラッド・ピットの映像を長々と流すのだろうか? ブラッド・ピットは好きな俳優だが、彼の映像を流すくらいならピンク・フロイドの映像を流して欲しかった。ほとんどの報道では今回最大の目玉であるピンク・フロイドが出ていることすら触れられていなかったのだから、ファンとしては許せないところだ。
しかし、ライブ8開催後、最もアルバムの売上率が上昇したミュージシャンはピンク・フロイドであった。お客さんはちゃんとわかってくれていたわけだ。今回のライブではピンク・フロイドが実質的な主役だったし、最も演奏時間枠が長く取られていた。ピンク・フロイドがその日一番のパフォーマーだったことは、観客のほとんどが認めていることだろう。
ピンク・フロイドの復活は本当に輝かしいものであった。ロジャー・ウォーターズの顔が嬉しそうだった。興奮と感動のあまり彼の手が震えているのもわかった。ロジャーが「シドのために」と言った瞬間、シド・バレットの魂もそこに現れ、ピンク・フロイド・メンバー5人全員がそこにひとつになった。僕も「コンフォタブリー・ナム」のところで、ちょっとうるうるしちゃいましたよ。演奏終了後、ロジャーがデイヴィッド・ギルモアの顔を見て「こっち来いよ」と手招きしたのも感慨深い。犬猿の仲がやっと仲直りした瞬間だ。才能は枯れていない。まだまだやれると確信した。ピンク・フロイドのニューアルバムをぜひまたロジャーの指揮で出してもらえたらなと、あらたな楽しみができた。
他のミュージシャンで印象的だったのは、スティング、アニー・レノックスその他のベテラン勢たち。長年築いてきた彼らのパワーは凄まじいものがあったが、日本ではまだ馴染みのない若手ロビー・ウィリアムズが出てきたときの会場の熱気も特筆に値する。U2はライブ・エイド時代はまだ青臭い感じだったが、今では相当格が違ってきている。「ヴァーティゴ」の演奏では、名実ともに最強のロック・バンドとなったことを見せつけていた。
前回のライブ・エイドで一番の見どころでもあったマドンナは今回も主要ゲストとして、見事に決め込んでいる。前回のういういしさはどこへいったやら、もはや女王の風格だ。フーでは、髪が真っ白になったピート・タウンゼントをみると、時の流れを感じさせるが、はっきりいって今のピートの方が20年前のピートよりもはるかにかっこよかったりする。エルトン・ジョンは男性陣にやたらキスしたり抱きついたり、ゲイであることを持ち味にしちゃってるところが20年前とだいぶ違ってたな。前回のライブ・エイドに出ていたバンドが今回でていなかったりするところがいかにも時代を偲ばせるが、こっちはこっちでコールドプレイら若手スターたちの出演が興味深い。
今回のアメリカ側は、前回参加したミック・ジャガー、ボブ・ディランが参加していないので、イギリス側に比べてちょっと地味になってしまった感があるが、今回はR&B系のミュージシャンの出演が目立った。黒人達のパフォーマンスは白人をたじたじにさせるほど、熱かった。ブラック・アイド・ピーズやデスティニーズ・チャイルドなど、そりゃもうロック勢を凌駕する勢いだ。黒人は白人よりも音楽的センスで上であることをアピールせんと、黒人パワーを見せつけるライブになった。それにしてもビヨンセのパンチラをなんとかして捉えるべく、必死でローアングルでカメラを回し続ける報道陣達の姿が笑える。
ライブ8のトリを務めたのはポール・マッカートニーだった。前回は「レット・イット・ビー」一曲だけでいまひとつトリとしての役割を果たしておらず、アメリカ側のミック・ジャガーと比べても見劣りしていたが、今回は9カ国の総締め括りとして、最高の盛り上がりを見せてくれた。「ゲット・バック」、「ドライヴ・マイ・カー」、「ヘルター・スケルター」というヘヴィなナンバーだけを集め、最後に『ネイキッド』発売に合わせた「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」で決める。ビートルズ・マニアのハートをくすぐる選曲にニヤリだ。アメリカのトリであるスティーヴィー・ワンダーがかすんで見えるほどのこの貫禄は、さすがロックの大御所ポール・マッカートニーと言わせるものだった。
(2005年11月12日・ヒデマン) |