原子心母
Atom Heart Mother
1970
Pink Floyd

それまで、動物の鳴き声など、様々な「音」をコラージュしてきたピンク・フロイドが、今回はオーケストラを融合し、24分の大作「原子心母」を作り上げた。「神秘」から「おせっかい」にかけてのピンク・フロイドは、バンドとしての最盛期に立っていて、ほとんど電子楽器に頼らず、ギター・ベース・キーボード・ドラムの4ピースの音を、アンプ上の操作だけで、いかに壮大なサウンドに作り上げていたかに定評があった。ピンク・フロイドは最も高度な音響テクニックを備えたライブ・バンドだったゆえ、スタジオ・レコーディングでしかできない「原子心母」は、彼らにとっては最も異色な作品であり、大きな挑戦であったろう。その精神が後の「狂気」に結実するのである。

必ずといってA面だけが話題になるが、本当の目玉はB面ラストの「アランのサイケデリック・ブレックファスト」である。楽器を使わない音楽<ミュージック・コンクレート>の可能性を模索していたピンク・フロイドが、ある一人の男の朝食の風景を効果音で表現し、断片的な演奏を加えて、13分3部構成のサイケデリックな音楽詩を完成させた。そこに漂うムードは、じっと目をつむって聴いていると、感動で涙さえ誘う。蛇口から水滴がしたたる音や、油っこいベーコンを焼く音、右に左にステレオスピーカを行き交う足音のユニークさ。素晴らしいのはメンバーたちの演奏。みんな非常にいい音を出している。第1部では右からピアノ、中央からドラム、左からエレキ・ギター、中央からオルガンと楽器が後から後から増えていく。どの楽器も透き通ったいい音を出しており、効果音と違和感なく共存している。第二部は左右から2本のアコースティック・ギター、中央からスティール・ギター。三本のギターだけの三重奏がこの上なく美しい。音楽の前で、朝食をブタのようにむさぼり食う男の孤独感もたまらない。第3部は静かだがロックらしい分厚いサウンド。中央のドラムの繊細な音。ベースの感動的なうねり。右と左と中央からの3台のピアノ、中央からオルガン、そしてギルモアの泣きのリードギターが入り交じって、壮大なる音世界を構築している。メロディといい、一音一音の音の響きそのものが鳥肌もの。楽器の音の美しさを改めて認識させられる名曲で、ピンク・フロイドの数ある作品の中でも最も革新的で、最も感動的な作品のひとつである。ピンク・フロイドはこの1曲だけでも「怪物」そのものだった。

バンド・アルバム・インデックス
Animals
Dark Side Of The Moon
Division Bell, The
Final Cut, The
Meddle
Momentary Lapes Of Reason, A
More
Obscured By Clouds
Piper At The Gates Dawn, The
Saucerful Of Secrets, A
Ummaguma
Wall, The
Wish You Were Here


最近のロックアルバムは、日本で紹介されるとき、原題のまま発表するのが主流だが、昔はいちいち日本語タイトルをつけていたものである。そのタイトルがまたくだらないものばかりで、作り手の意図をまるでわかってない罰当たりなタイトルばかりだったが、ピンク・フロイドに関してだけはどれもうまい邦題がつけられたものだ。「Meddle」は「おせっかい」、「Have A Siger」は「葉巻はいかが」、「Careful With That Axe, Eugene」は「ユージン、斧に気をつけろ」、「The Great Gig in the Sky」は「虚空のスキャット」と、実にうまい。「A Saucerful Of Secrets」と「Dark Side Of The Moon」を「神秘」「狂気」と2文字に収めたのもなかなか。でも一番うまいのは「Atom Heart Mother」のそのまんま直訳「原子心母」。究極の邦題である。