かつて70年代にシンフォニック・ロックで名をはせたイエスが、80年代、90年代で数々の紆余曲折を経た後、2000年代に入って、2000年代に入って、ついにひとつの到達点にきたアルバムがこの『マグニフィケイション』である。これは驚きの大傑作である。イエスの曲作りの音素材の幅の広さと、壮大なるドラマ性。その完成度には鳥肌がたつ。『危機』こそイエスと思っている人たちにこそ、ぜひ聴いてもらいたいアルバムだ。
イエスは後にも先にもキーボード云々で語られるバンドであるが、このアルバムではとうとうキーボーディスト不在のまま録音してしまった。キーボードがやるべきところのほとんどはオーケストラでやってのけたのである。
とにかくその美しさに胸をうたれる。クラシックも大好きでロックも大好きという人にとっては、これほどぜいたくな一品料理はない。あらゆる音楽性が融合し、引き立て合ってひとかたまりになっているのだが、それは結成30年以上を経たイエスが、また新たな最盛期に入ったと思わせる、かつてのイエスにはなかった全く新しいサウンドである。
イエスがオーケストラと共演したのは『時間と言葉』以来のことであるが、『時間と言葉』ではあくまでオーケストラは補助的なものだったのに対し、今回のアルバムでは完全にオーケストラの音がメインになっている。シンセサイザーならではの珍味なサウンド・テイストは皆無であるが、それよりも楽曲の高揚感と、確固たる構成に圧倒される。オーケストラが大音響で「ロックを奏でている」ことにただならぬ興奮を覚えることだろう。思えばシンセサイザーの音が求めていたものは、結局はこうしたオーケストラの壮大なる空間美だったのかもしれない。だからこのアルバムのオーケストラも非常に当たり前のようにしっくりとイエスソングにハマっている。今までキーボードを使っていたことが嘘であるかのように。
もちろん、エレキ然とした音を好む人の期待にも十分に応えている。よく耳をすまして聴けばクリスのベースとスティーヴのギターはかなりツボをおさえた渋い音を出していることがわかる。聴けば聴くほどに新しい発見がある点でも長く楽しめそうだ。まさしく、イエスのアルバムの中でも最高の部類といえる出来栄えである。メンバー平均年齢50歳半ばにして、この健在ぶりとは、ただただ驚くしかない。
なお、このアルバムは『こわれもの』と同じく、5.1チャンネルDVDオーディオ盤も発売されている。
1.Magnification
このアルバムの楽曲はすべて、前作『ラダー』同様に、メンバーがそれぞれ意見を出し合って作曲されており、民主主義的アルバムとなった。そのため、イエスのアルバムの中でも最も結束力を感じさせる内容といえる。この一曲目の大作「マグニフィケイション」を聴くだけで彼らのコンディションは過去最高だったとわかるだろう。スティーヴのイントロに始まり、木管楽器と弦楽器の美しい音色にいざなわれ、いっきに盛り上げていく。そのサウンドの壮大な音の厚みときたら、かつてのイエスでは考えられなかったものである。「なんとなくオーケストラを導入してみたら案外良かった」という程度のものじゃなくて、「オーケストラでやるべくしてそれ用の楽曲を作曲した」という心意気に感動を覚える。
2.Spirit Of Survival
全体を通して、クリスのベース・ラインがかなりヘヴィで印象的である。今回のアルバムはメンバー全員が対等の位置に立っていることから、ジョンの声とクリスの声のボリュームはほぼ同じである。この曲では二人のかけあいと、その合間に聴かれるスティーヴのギター・ソロの妙味を満喫したい。オーケストラの演奏は楽曲に溶け込んでおり、オーケストラにもところどころにソロの見せ場がある。リック・ウェイクマンのすべき仕事をオーケストラが完璧にこなしている。
3.Don't Go
「In The Presence Of」と共に、このアルバムの目玉曲であろう。スティーヴ・ハウのスペーシーなギターが見事のひと言だ。ジャケットに宇宙が描かれているように、この曲を聴いていると、そこに宇宙が広がっていく。弦楽器部隊のまるでリズム・ギター的な役どころも絶妙。オーケストラとの共演はとにかく金がかかるが、ライヴではそれでもやる価値があった。この曲をオーケストラをバックに演奏するのはさそがし楽しいであろう。中間部での愛嬌のある演出も良い。
4.Give Love Each Day
最初の2分間はまったくロック楽器を使用しておらず、さながら交響曲のイントロであるかのごとく、静かに始まり、しだいに萌芽していく。その流れを殺ぐことなく、いつしかロック楽器が加わっていき、ロック楽器とクラシック楽器が見事なアンサンブルを奏でる感動巨編。かつてディープ・パープルがロックとクラシックの融合を試みたことがあったが、イエスの場合、信じられないくらい自然に、この荒技をやってみせた。そこには堂々たる風格さえ感じさせる。
5.Can You Imagine
クリスがジミー・ペイジとのXYZプロジェクトのために作ったとされる曲。珍しくクリスがリードヴォーカルを担当。この選択は正解だった。ジョンには表現できない脆さが彼には備わっている。その脆さが、一見ミスマッチかと思えるこのヘヴィな楽曲にピッタリとはまっている。クリスはこれからももっと前に出て歌うべきだ。
6.We Agree
静と動が激しく行き来する名曲。まるで映画を見ているような、ストーリーを感じさせる歌である。スティーヴの七変化するギターの数々や、クリスのベース・ソロなど、聴き所が多く、イエスらしいスタイルが、最高にゴージャスになった感じである。
7.Soft As A Dove
僅か2分の小品で、楽器も数えられる程度しか使われていないが、メンバー4人が向かい合って演奏している情景が目に浮かぶ。どこかの民謡のような、とても心の洗われる美しい歌である。ハープやフルートなど、楽器そのものの持つ音の本来の美しさを再確認させられる。
8.Dreamtime
10分を超える大作。「燃える朝焼け」にも負けないスリリングな演奏で引っ張っていくところはさすが。なお、イエスはライヴの前座の代わりにストラヴィンスキーの曲を流すことで有名だが、この曲の最後のオーケストラパートの2分間では多分にストラヴィンスキーの影響を受けたと思われるフレーズがある。せっかくオーケストラと共演するわけだから、これは彼らなりのストラヴィンスキーへのオマージュ表現と思ってもいいだろう。
9.In The Presence Of
このアルバム4曲目の大作(つまり大作の曲数では『海洋地形学の物語』と並ぶのだ)。4つのパートに別れるイエスならではの組曲で、このアルバムのメインテーマとも言える。大作好きのクリスはこの曲をかなり気に入っているようだ。DVD『シンフォニック・ライヴ』ではまだ発表していないこの曲を初めて披露して、拍手喝采を受ける場面が見られるが、クリスの満足そうな笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。「イエスよ永遠なれ!」と叫びたくなる一編だ。
ちなみに最初のピアノを演奏しているのは、なんとドラムのアランである。アランはもともとピアノから音楽を始めているため、普通にピアノが弾けるのだという。
10.Time Is Time
前の曲で大団円を迎えたかと思うと、最後にこんなにささやかな曲が用意されていた。アンプラグド・スタイルなので、実に心地よい余韻を残して終わる。いわば小説でいうところのエピローグ。これだけは今後もライヴの定番曲になりそうな感じである。
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