『キーズ・トゥ・アセンション』で、まさかの黄金期ラインナップ復活を遂げたかと思いきや、それもつかの間リックが脱退。新しいキーボーディストが見つからぬまま、イエスの活動は頓挫してしまっていた。
このころ、クリスは『未知への飛翔』以来22年ぶりとなるソロ・アルバムの制作に取りかかっていた。『結晶』以来イエスに付き添っていたビリー・シャーウッドと意気投合していたクリスは、ビリーに共同制作を依頼。クリスのソロ・アルバムは順調に形になっていったが、思いの外この出来が良かったので、これはイエスとしてやるしかないと考え、クリスはイエスのために惜しげなく、その楽曲を提供した。ここでクリスが立ち上がらないことにはイエスに進展はなかった。イエスを我が故郷とし、イエスを自分の血であり肉であるかのごとく愛していたクリスが、ここに来て、また新たなる英断を決したわけだ。
イエスで、クリスがイニシャチブを取ったのはこれが初めてであろう。『サード・アルバム』もある意味ではクリスらしいアルバムであったが、今回の作品はそれ以上にクリス色が強く、そのため彼らしいビートの利いたゴージャスに着飾った内容になっている。クリスは70年代と80年代のイエスのいいところを合わせたものを目指したという。
アルバム・ジャケットは、ただ単にバンド名をでかでかと配置しただけのもので、クリスのイエスにかける意気込みの強さがひしひしと伝わってくる。それは感動的でさえある。
せっかくビリーにも共同制作を手伝ってもらっていたので、彼の仕事ぶりに敬意を表し、ビリーもここから正式にイエス・メンバーに加入となった。このとき彼はすでに30歳を過ぎてしまっていたが、他の4人の前では若手に見えたことだろう。彼もトレヴァー・ラビンのように、ギターだけでなく、キーボード、ドラム何でも演奏できるマルチ・プレーヤーであった。クリスは彼にトレヴァーのような働きを期待していたであろう。ビリーにとってはプレッシャーだったかもしれないが、あこがれのイエスの正式メンバーとして活躍できることは、最高に幸福なことであったはずだ。彼はリズム・ギターという位置づけなので、ライヴの上では定番曲の演奏になると、どうしても陰が薄くなったが、『オープン・ユア・アイズ』は、彼なしには完成はありえなかった。実質これはクリスとビリーの2人の共作で、他の3人は作曲に加わっておらず、演奏だけで参加しただけである。
なお、このアルバムは、イエスで初めて専属のキーボーディストのいないアルバムとなった。ゲスト・キーボーディストとして新鋭イゴール・コロシェフと、トトのスティーヴ・ポーカロが参加、その他の曲ではビリーがキーボードを兼任した。とはいえ、ほとんどキーボードに頼らずに、ギター、ベース、ドラムだけでしっかり聴かせているので、その点でも、これは彼らの大いなる野心作といえる。
1.New State Of Mind
イエスの楽曲は、昔はジョンの独擅場という感じであったが、『90125』以来、メンバーのコーラスワークが重要なキーになっていった。この曲も、ジョン、クリスらのハーモニーが壮大な世界を想起させる。
このアルバムからどのギターがスティーヴで、どのギターがビリーのものかわかりづらくなるが、中間部のギター・ソロだけは明らかにスティーヴのそれだと気づくだろう。
2.Open Your Eyes
本作最大の聴き所はこれ。バンド名に偽りのないポジティヴな印象を与えるパワフルな作品だ。ジョンとクリスのダブル・ヴォーカルがすばらしい感動を呼ぶ。このアルバムは『トーク』以上に商業主義的な内容であるが、このタイトル曲は確かに当時ラジオでよく流れていたという。
これはもともとクリスが自分のソロ・アルバムのために作った曲だった。クリスとビリーの共作『共謀』に隠しトラックとして、クリスが歌ったバージョンが収録されているが、アレンジはイエスのそれとほとんど変わらない。むしろクリスが歌っている方がこの曲調に合っているようにも思う。
3.Universal Garden
『結晶』の流れをくむかのような、神秘的なナンバー。オーケストラを導入しているところなど、どことなく78年の「オンワード」を思わせる。クリスの目的通り、70年代と80年代のいいとこ取りになっている。
4.No Way We Can Lose
これまたゴキゲンなナンバー。クリスらしい陽気さが、派手に色づけされており、早くも『ラダー』を予感させる楽曲になっている。ハーモニカを吹いているのもクリスだ。
5.Fortune Seller
クリスのベースがびんびんはじけまくって気持ちの良いナンバー。スティーヴのものとおぼしきリード・ギターも見事だが、ゲスト参加したイゴール・コロシェフのオルガンとシンセサイザーもやたらと印象的である。
6.Man In The Moon
これもクリス色の強い作品で、彼がリード・ヴォーカルを担当している。ジョンはサイドからサポート。
7.Wonderlove
『究極』の流れをくむかのようなきらきらしたナンバー。スティーヴお得意のペダル・スティール・ギターなども聴かれるが、着飾りすぎた嫌いがあるのは否めない。
8.From The Balcony
アルバム発表前に、最後に急きょ追加された小品。フォーク・ギター1本とジョンの歌声だけで聴かせる。録音時期が他の曲と違うことから、おそらくこれはスティーヴの作曲、ジョンの作詞によるものであろう。他の曲がもろにクリスのテイストに染まっているのに対して、この曲だけは昔ながらのジョンらしさ、スティーヴらしさを残しており、アルバム全体の調和を保つ役割を果たしている。
9.Love Shine
心地よいノリと、前向きなコーラスワーク。『90125』の頃を意識したような曲だが、これを聴いてもわかるように、このアルバムの収録曲は、70年代よりも80年代を意識した曲の方が出来はよい。
10.Somehow... Someday
ミドルテンポだが、ボリュームがあり、しっかりと聴かせる。全体の流れを考慮してバランス良くアルバム後半に配置されている。
11.The Solution
過去の作品の中でも、最も実験的な要素の強い曲だ。24分の曲だが、そのほとんどの時間を静寂が支配している。虫の音、風の音が聞こえてくる様は、まるでロジャー・ディーンが描くファンタジーの世界にいるかのよう。ところどころでアルバムの各曲のフレーズが聞こえてくる演出は決して成功しているとはいえないが、その野心は高く買いたい。
アルバム発表後、イエスは『オープン・ユア・アイズ』ツアーを97年9月から開始。1年間で180回以上の公演をこなし(日本には最後に来た)、健在ぶりをアピールした。
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