サージェント・ペパーズ
Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band
1967
The Beatles

 「ビートルズの1枚」と説いたらば、「ハード・デイズ・ナイト」、「ラバーソウル」、「アビイ・ロード」あたりを選ぶのが妥当だと思うのだが、やはり「ロックの1枚」としては「サージェント・ペパーズ」をあげるべきだろう。これは、絵画でいう「モナ・リザ」、演劇でいう「ハムレット」、映画でいう「市民ケーン」に値するロックの最高傑作である。この地位は今後も決して決して揺らぐことはないだろう。ビートルズがいまだに最高のロック・バンドと言われているのも、このアルバムを作ったからに他ならない。
 確かにビートルズのアルバムの中でも、聴けば聴くほどにその凄さにほとほとため息がでてしまうアルバムである。正直言うと、僕は最初聴いたときの印象は今ひとつだった。相当すごいアルバムを期待していたせいか、なんじゃこりゃと思ったものだ。しかし、半世紀のロック・シーンを俯瞰(ふかん)し、その当時の音楽性や文化など、時代性を考慮しつつ、アルバム全体をじっくりと聴いてみると、ようやくこのアルバムの凄さがわかるようになってきた。今では聴くたびに新しい発見があり、ピンク・フロイドの「狂気」と共に、僕にとってはロックの大聖典になった。
 「サージェント・ペパーズ」は、1曲1曲の曲調がまるっきり違う。タイトなハードロックに始まり、歌謡ショー、サイケデリック、リズムパレード、サーカス、インド音楽、ボードビル、ブラスロック、フルオーケストラ・アバンギャルドと、ひとつと似たような曲はない。ところが、曲間を極端に短くし、同じ曲を二度演奏する試みなどが功を奏し、完璧なまとまりである。プロデューサーのジョージ・マーティンはこれに「Strawberry Fields Forever」を追加していればもっと素晴らしいアルバムになったというが、アルバムのスムーズな流れを考えれば、入れなくて正解だった。とにかくそのアルバムの流れは絶品で、こうしてこれはロック史上初の「コンセプト・アルバム」となった。なお、このアルバムからは1曲もシングル・カットされていない。アルバムがシングルの集まりではなく、あくまでアルバムの芸術となったのである。その後のロックの在り方全てを塗り替えた本作は、グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーをロック・バンドとして初受賞。15週連続で全米ナンバー1の座に居座った。これがシンセサイザーもなかった当時にたったの4トラックで作られたアルバムだとは驚異である。しかし、ある意味、それと同時に、もうビートルズはスタジオ・ミュージシャンに徹してライブ活動はやらなくなったという寂しさもあったにはあった。
 収録曲は「Getting Better」「Fixing A Hole」など、どれもキラ星のごとく光り輝く名曲ばかりだが、とくに「A Day In The Life」が残した衝撃は大きかった。いきなりこれ1曲を聴いたところでピンとこないのだが、アルバムを頭から最後まで通してきくと、まるで魔法にかかったように、ジョン・レノンのけだるいヴォーカルが、ポールの何か言いたげなベースが、オーケストラのうねりが、聴き手をその世界に引きずり込んでいく。この曲は途中からいきなりポールの曲になる。ポールのメロディメーカーとしての資質と、ジョンのカリスマが見事に噛み合わさった究極のコラボレーションである。
 「Lucy In The Sky With Diamonds」も素晴らしい。ジョンの浮遊感のあるヴォーカルとポールのベースが見事な相乗効果をあげている。僕はポールは史上最高のベーシストと思っているのだが、どうだろう? ジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズはポールのことを<最高のギタリスト>と称したと言われているが、これはベーシストとしてのポールを褒めているのだと思う。僕なんかはむしろビートルズのことをベース・ロックと吹聴しているくらいである。「With A Little Help From My Friends」や「When I'm Sixty-Four」についても、ポールのベースが非常にユーモラスなので、ベースだけを注目して聴いてみるのも一興だ。実は、このアルバムは、僕にとって、生まれて初めてベースの音を何よりも意識して聴いたアルバムなのである。

バンド・アルバム・インデックス
Abbey Road
Beatles For Sale
Hard Day's Night, A
Help!
Let It Be
Magical Mystery Tour
Please Please Me
Revolver
Rubber Soul
White Album (The Beatles)
With The Beatles


マニアゆえに苦言を呈さねばならぬ
完璧といわれた「サージェント・ペパーズ」だが、ビートルズ・ファンとしてどうしても指摘したい点がある。このアルバムにはジョージの出番がほとんどないのである。ジョージ派の僕としてはそこが寂しくてならない。ロックにインド音楽を導入したその斬新なアイデアは、ジョンやポールには考えつかなかったと思うし、大いに買っているのだが、ジョンもポールもリンゴもかっこよく演奏しているのに、ジョージはせいぜい「Fixing A Hole」のメインギターと、「When I'm Sixty-Four」の最後20秒で小粋なボードヴィルを聴かせてくれるくらいで、他の曲ではほとんど彼の演奏するギターの音が聞こえてこないのが物足りなくもある。管弦楽器や様々な特殊楽器を実験的にフィーチャーしているため、リード・ギターが必要なかったのだろう。ジェフ・ベックは「A Day In The Life」をカバーし、それをトレードマークにしてしまったが、ジェフ・ベックはこの曲にないはずのギター・ソロを自分で追加して演奏していた。ジェフ・ベックは「ビートルズは素晴らしいが、ギターだけがダメだ」といったが、たしかにこのアルバムのギターは寂しい。タイトル曲と「Good Morning Good Morning」ではヘヴィなギター・ソロが聴こえてくるが、実はこれを弾いているのがポールだと知った時は複雑な気持ちだった。ポールは全13曲中10曲を作曲。ちょっとポールが目立ちすぎたアルバムになってしまったかもしれない。僕がビートルズで何よりも好きなのはメンバーの連帯感なので、このアルバムでジョージがもっと頑張ってくれたら、さらにその評価は確固たるものになっていたと思う。