1985年、とてつもない巨大なロック・ライブが開催された。規模の大きさ、出演者の豪華さでは、おそらく史上最大だろう。何しろ世界同時中継である。アフリカの飢餓に苦しむ人々を救うよう、世界中の人たちに歌で呼びかけた大変名誉あるイベントである。チャリティ・コンサートでいえば、ジョージ・ハリソンの「バングラデシュ」の前例があるとはいえ、この1日、世界がひとつになるという試みは、これが初ではないか。さながら世界規模の「24時間テレビ」といったところか。ウェンブリー・スタジオに出演するイギリスのバンドとフィラデルフィアJFKスタジオに出演するバンドが交替交替に歌うという形で、16時間の同時中継ライブを実現。
両国では時差が5時間あるため、最初はイギリスから始まり、フィナーレはアメリカが行った。また、英米以外の各国でも、その国のトップスターたちが同日にライブ演奏し、記録によれば、オーストラリアのイン・エクセス、オランダにいたB・B・キングの演奏は英米バンドの休憩時間の合間に世界中継されている。日本では逸見政孝が司会役を勤め、矢沢永吉を始めとするロック・スターが出演したという(もっとも、洋楽ファンにしてみれば悪評であったが)。
このプロジェクトの提唱者はムーブタウン・ラッツのボブ・ゲルドフである。最初は「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」という曲をイギリスのミュージシャンたちを集めて大合唱し、そのレコードの売上をアフリカに寄付するという方法からスタートするが、それがチャートで1位になったことから、アメリカ側も「ウィ・アー・ザ・ワールド」を作って参加し、ライブ・エイド開催へとつながっていった。ゲルドフはこの後も精力的にチャリティ活動に専念したため、ミュージシャンとしては地味になったが、この業績が認められ、サーの称号を授かった。サーといえば、このライブには、今は亡きダイアナも出席し、客席で大勢の観客と共にロックに酔いしれていた。
ミュージシャンなんてみんな儲かってるんだから、これくらいのことはやって当然だろうとか、ロックとは破壊的な音楽だから、それを慈善活動に使っては矛盾するとか、世間の感想は賛否両論だったけれども、とにかくロック・ファンとしては、今から20年ほど前に、携帯電話もインターネットもなかった時代に、これだけスケールのでかいライブをやったという事実を、熱く語り合いたいものである。
イギリスとアメリカのスタジアムだけでも、ほとんど満席状態で、客席のこの見事な壮観は69年のウッドストック以来であろう。ゲルドフの意思により、このライブの映像は残さないことになっていたが、MTV内でその映像が発見され、DVD化が実現した。記録が残っていない部分はやむなくカットせざるをえなかったが(サンタナも出演していたらしい)、その当時の雰囲気は完璧なまでに伝わってくる内容で、一部を除けば、画質もかなり綺麗な状態で残っていた。
僕もこのDVDを予約購入し、早速ぶっとおしで10時間じっくりと鑑賞させてもらった。我が敬愛するレッド・ツェッペリンがDVD化に不満があって、そこがカットされたというのは残念であったが、まあそれがなくてもかなり充実した内容であった。感心したのは余計なナレーションや演出は一切なく、ただありのままの映像を10時間見せ続ける構成である。さすがに10時間も見続けていると、まるで現場の観客になったような気にさせられる。ウッドストックのDVDはあくまであの伝説的ライブを客観的立場から観察し、かっこよく編集してみせたものであったが、ライブ・エイドのDVDのこのまったく飾らない構成は、ウッドストックと比べても、なんと気持ちが良いか。いやはや本気で酔わせてもらいましたよ。もう後半くらいになると、そうとう入り込んでしまって、気持ちがハイになってくる。最初は真っ昼間の映像でカンカン照りだったのに、時系列の流れにあわせて空がだんだんと暗くなっていって、最後には夜のライトアップされたステージになるあたり、その場にいると本気で錯覚させられてしまった。ラスト近くのホール&オーツくらいになってくると、もう興奮しすぎて、なんだか幸せ気分で充たされてくる。
とにかく出演者の顔ぶれが豪華である。無論皆さんはただ働き。参加することに意義があるとはいえ、ことごとく当時のスターが集まっていることにただただ驚くしかない。エリック・クラプトンやフィル・コリンズはすっかりチャリティ・コンサートではおなじみの顔になったが、このDVDではマドンナやデュラン・デュランの若かりし映像が見られたり、けっこうオイシイ。当時は「MTV時代」とも言われたが、あの当時の時代性がモロに表れた服装や髪型は、思わず笑いが出てしまうほど懐かしい。当時はああいうブカブカのシャツが流行ったんですなあ。
一番良かったのは、クイーン。あれだけ大勢の観客を一斉に動かし、熱狂させたのは単純に凄い。ほぼ客席全員が手を振っていただろう。「Rockは演奏で決まる」的にいえば、たった4人の演奏だけであれだけドラマチックなサウンドを打ち出していることも仰天ものである。
意外に気に入ったのはマドンナ。僕はマドンナの歌はとくに好きでもなかったが、それは僕がまだマドンナが歌っている姿をじっくりと見たことがなかったからだということがわかったので、反省させられた。こきざみに体を揺らしながらタンバリンを叩くマドンナの振り付けがなんと可愛らしかったか。女性歌手の魅力、ここにアリ!といった感じである。当時あれだけ人気があったことも納得。
エルトン・ジョンとデヴィッド・ボウイはさすがにうまい。パワーだけでも圧倒される。
この他、ボノが客席に入り込んだり、ミック・ジャガーがティナ・ターナーとハラハラドキドキの共演をしたり、見せ場はいっぱい。まったく飽きさせない。
ところで、ジョン・レノンの曲が4曲も歌われたのも興味深い。エルヴィス・コステロがギター1本で歌った「愛こそはすべて」は、世界同時中継ソングのはしりともいえる名曲だし、パティ・ラベルが歌った「イマジン」は、その分厚いボーカルの前にはロック・ミュージシャンがかすれてみえてしまうほどの感動であった。ジョン・レノンの愛の歌はこういう場にピッタリなのだろう。ちなみに、ブライエン・フェリーが歌った「ジェラス・ガイ」もジョン・レノンの曲で、ライブではデヴィッド・ギルモアがリード・ギターを弾いているのがピンク・フロイド・ファンとしては嬉しい限りである。
なお、DVDの特典映像では「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」と「ウィ・アー・ザ・ワールド」のビデオクリップが収められている。「このレコードを買えば寄付したことになる」というチャリティー・ソングの二大双璧ともいえるこの2曲は、クリップとライブとでは出演者にかなりの違いが見られる。とくに「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、ライブにはこなかったビッグスターの顔が多数見られる。ウィリー・ネルソンやレイ・チャールズも録音に参加していたのは嬉しい。ライブでは、作曲者のライオネル・リッチーを除き、そのほとんどが欠席だったが、ハリー・ベラフォンテはこの曲のためだけにわざわざスタジアムに来てくれて、ちょっぴり泣かせてくれた。
最近ボノの呼びかけで、またバンド・エイドが復活し、すでに「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」を再録したという。20年ぶりに、あの伝説が再びよみがえることになるわけで、その予習としても、このDVDは要チェック・アイテムといえる。
(2004年11月21日・ヒデマン)
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*追記
そして本当にライブ・エイドは20年ぶりに復活。ライブ8として2005年7月2日に開催された。その詳細はこちらで。 |