スマイル
Smile
2004
Brian Wilson

真の意味で「幻のアルバム」といえば、ビーチ・ボーイズの「スマイル」をおいて他にはない。ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」は、ビートルズの「サージェント・ペパー」と並び、ロック史上最高傑作と称される名盤であるが、そのすぐ後に、ブライアン・ウィルソンは「スマイル」という新作の構想を考えていた。そして「グッド・バイブレーション」を「スマイル」プロジェクトの先行シングルとして出し、すでに「グッド・バイブレーション」はロック史上の最高のシングルと評価を得ていた。ところがこの「スマイル」は発売されることなく終わってしまった。「サージェント・ペパー」のあまりの出来栄えにビビって製作を中止したとの噂もある。もしこれが発売されていたら「ペット・サウンズ」を凌ぐ傑作と言われていたはずだった。

今までにいくつかのブート盤が流出したらしいが、今回37年の時を経て、ようやく公式盤発表の運びとなったわけで、ファンはどれだけこの日を夢みたろうか。ビーチ・ボーイズとしてでなく、ブライアン・ウィルソン個人名義の作品であるが、いやこれはむしろビーチ・ボーイズの新作と思った方がいいのではないか。ポール・マッカートニーの「レット・イット・ビー・ネイキッド」と違って、元からあった構想をいじくりまわした形跡は感じられず、名曲「サーフズ・アップ」もちゃんと入っているし、2004年録音とは思えないほど、音のひとつひとつは60年代の雰囲気が漂う。第一印象は感動の連続だった。ブライアンの歌声は幾分か老いたものの、繊細かつ躍動的で、あまりにも美しく、これはコーラスグループ、ビーチ・ボーイズだからこそ生み出すことが出来た究極の音楽芸術である。「ペット・サウンズ」の革新性、「サーフズ・アップ」のマインドが、まったくよどみのないスムーズな流れとなって音を奏でている。あたかも1枚のアルバムが1曲で作られているような気さえあった。このアルバムのラストを大いに盛り上げる「グッド・バイブレーション」も、アルバム全体の流れの1部として完全に溶け込んでおり、まるで当初から「スマイル」の最後を飾るために作られた曲であったかのようだ。

なんというか、ブライアンの歌には摩訶不思議な魅力がある。僕はこのアルバムを聴いて、R&Bでいうところのマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」を聴いたときと同じくらい大きな衝撃を受けた。これは2004年のロック・シーンにおいては間違いなく最も大きな<事件>といっていい。これぞロックの玉手箱である。