僕の日課は音楽を聴くことだ。僕は家にいるときはもっぱら映画鑑賞をしているので、満員電車に揺られている往復3時間の無駄な通勤時間を、音楽鑑賞の時間として活用することにしている。電車の中なので、僕は音の漏れないヘッドホンを使ってロックを聴いているのだが、ヘッドホンだと左右の音の違いがはっきりとわかってとても面白い。室内でガンガン音を出して聴くのとはまた違った味がある。
 前置きが長くなったが、このページでは、ロックのステレオ効果について書きたいと思う。ステレオというのは本当に素晴らしいもので、ただ右と左の音が違うというそれだけで、音は無限のふくらみを得るのだ。
 最近僕はヘッドホンに耳をすまして、ギター、ベース、ドラムのそれぞれの音を頭の中で分解して単独の演奏パフォーマンスに聴き入る鑑賞法に凝っている。60年代の音源はヘッドホンで聴くようにミキシングされていないので、モノラルよりもむしろステレオの方が違和感があることもある。ビートルズの初期LPがCDになる際にモノラル盤の方が使用されたのはそのためだろう。しかし70年代に入ってからステレオの技術も進歩した。ステレオの演出はエンジニアの仕事だと思うが、本当に音の配分がよくできていて、感心させられる音源ばかりだ。とくに我が敬愛するピンク・フロイドのステレオ効果は絶大だった。
 ほとんどのバンドは、パターンが決まっている。例えばほとんどオーバーダブしないライブ向きの楽曲の場合、ギターが左でベースが右でドラムが中央というように、楽器の位置を区切り、演奏者の位置関係が想像できるような演出が目立つ。スタジオでしかできないような楽曲の場合、ひとつの楽器でも左右様々な位置から音が聞こえてきたり、ステレオの空間を縦横無尽に動き回るものも多い。ドラムでも、1カ所に固まった音もあれば、ハイハットは左、スネアは右という風に分離しているものもある。ディープ・パープルのように左右の音分けがシンプルなバンドもあれば、レッド・ツェッペリンのように複雑なものもある。ビートルズやローリング・ストーンズなどは様々な楽器が装飾的に軽く加えられており、そういうところを探してみるのも楽しい。
ビートルズ「カム・トゥゲザー」 ビートルズ「カム・トゥゲザー」
ビートルズのステレオ効果は、ステレオ黎明期とあって、首をかしげるものが多いが、『アビー・ロード』に関しては文句なしの仕上がりだ。中でも「カム・トゥゲザー」は楽器のひとつひとつの音がタイトでわかりやすく、ライブ的な緊張感にあふれている。左の激しいドラムと右のヘヴィなベースが同じくらいのウェイトを占めており、間奏では左からエレピ、右からギターが聞こえてきて、両者の掛け合いが見事だ。ラストは中央からジョージがしっかりとギター・ソロを決め込む。ジョンのリード・ヴォーカルは中央に定位しており、彼の手拍子とポールのサイド・ヴォーカルも中央から聞こえてくる。見事なステレオ効果だ。
ビートルズ「ヘイ・ジュード」 ビートルズ「ヘイ・ジュード」
ビートルズの曲の中でも最も出来の良い楽曲のひとつである「ヘイ・ジュード」。後半部はポールのシャウトなど見せ場はあるが、あくまで全体を通してメロディ主体の楽曲といえる。それゆえ、ピアノのイントロを除けば、演奏にはソロ的なこれといった見せ場はないのだが、楽器のひとつひとつが目立とうとせず、ひとつの楽曲のメロディの中に溶け込もうとしているところが素晴らしい。さながらロック楽器のオーケストラとでも言おうか。その中でも特に目立って聞こえてくるのがタンバリンの確かなリズムである。また、ベースにも生命の息吹を感じるので、耳をすまして聴いて欲しい。
ディープ・パープル「マンドレーク・ルート」 ディープ・パープル「マンドレーク・ルート」
ディープ・パープルほど楽器の区切りが明確なバンドは少ないだろう。彼らのパターンはだいたいこれに固定されている。ライブでの実際の立ち位置もこれに近い。楽器同士がそれぞれ相乗効果で高めあう希有のバンドで、その構成はまるでジャズだ。基本はリズム部隊とヴォーカルを中央に置き(時にはヴォーカルが横に行くこともある)、左右からリード主体の楽器を置くという形だ。第一期ディープ・パープルでは、左からジョンのオルガン・ソロ、右からリッチーのギター・ソロがそれぞれ壮絶なるバトルを繰り広げていたところが面白かったが、第二期になってからはキーボードがギターの引き立て役になった感がある。
ドアーズ「ソウル・キッチン」 ドアーズ「ソウル・キッチン」
次は悪い例だ。ドアーズのファースト・アルバムはエレキ・ギター、オルガン、ドラム、ベースしか使っていないので、音がわかりやすいのだが、例えば「ソウル・キッチン」を聴いてみると、楽曲そのものは素晴らしいが、良い音は左側に偏っているし、リズム部隊が右側に位置しているので、突然オルガンとギターのリードがやむと、まるで耳がつんぼになったような印象を受けてしまう。室内スピーカーで聴く分には何も問題はないが、ヘッドホンでは少々つらく、あまりうまいステレオ効果とは言えない。
ピンク・フロイド「アランのサイケデリック・ブレックファスト」 ピンク・フロイド
「アランのサイケデリック・ブレックファスト」

これはステレオ効果を何よりもわかりやすく示してみせた隠れた名曲だ。詳しくは「原子心母」のページを読んでいただきたい。この曲は3つの楽章に別れており、それぞれがはっきりと楽器の位置が決められていて、とてもわかりやすい内容になっている。左図は第3楽章の位置関係である。ベースとオルガンが中央というのは普通だが、ドラムは左右から聞こえてくるように感じるし、ピアノは中央と右と左でそれぞれ独立して別々のメロディを同時に奏でている。ギター・ソロは中央から始まったかと思うと、右に左に流れるようにその位置を移動していく。水の音や足音などのサウンドエフェクトはいたるところから聞こえてくる。面白い曲だ。